Muzyka Polska(ムジカ・ポルスカ)vol.5開催!

ポーランドの最新音楽とカルチャーを楽しむパーティー!

2017年度フレデリック賞ノミネーション発表!

ポーランド版グラミー賞です!

BeMY(ビーマイ)

今ポーランドで人気のロックバンド!

ポーランドのイースターとは?

今年のイースターは4/16です

9.28.2015

ポーランド祭2015開催@六本木ヒルズ 10/2~10/4


Siema!

どうもPaulaです。
この秋はGooral(グーラル)の来日をはじめ、ポーランド関連のイベントが盛りだくさん!11月にも楽しい企画がいっぱいあるのですが、まずは今週末のポーランド・フェスティバルから♪
実はわたしもDJで参加させていただきます^^


ポーランド祭

開催日時:10/2(金)、10/3(土)、10/4(日)
場所:六本木ヒルズ 大屋根プラザ(〒106-6108 東京都 港区六本木 6-10-1
”ポーランド直輸入の雑貨や伝統料理を楽しめる年に一度のポーランド祭。今年も日本人に大人気のボレスワヴィエツ陶器や、伝統の切り絵デザインを現代風にアレンジしたバッグ類や、バルト海沿岸地域産出の琥珀「バルティック・アンバー」などが勢揃いです。会場特設ステージでは、“マズール”フォークダンス研究会によりポーランドの伝統舞踊が披露され、音楽作品はショパンから、ジャズ、ポップ、民謡に至るまで、様々な演奏家による幅広いレパートリーが用意されています。中でも特に注目したいのは、ポーランドの最新ポップ音楽を日本で紹介するDJパウラさん、国内外で幅広くご活躍のジャズ・ピアニスト クリヤ・マコトさん、そして、本国ポーランドで長きに渡りご活動される指揮者 今井能さん(多摩フィルハルモニア合唱団)のご出演です。バラエティ豊かなプログラム、素晴らしい音楽家達による名演の数々を、ぜひお聴きください ♪”
3日間のイベントプログラムはこちら☆


いやーすごい!盛りだくさん!
著名なジャズピアニストのクリヤマコトさんから、来日するGooral(グーラル)のライブ、ポーランド民族舞踊のショー、わたしのDJ(笑)までてんこ盛り!個人的には、外国人のど自慢にも出演していたユリア・ベルナルドちゃんの生歌が聴けるのが楽しみです。

このフェスティバルでは、ポーランドの伝統スイーツ屋、ポンチキヤさんも出店するし、ポーランドビールも飲めるし、ポーランドの可愛い陶器や雑貨が集まってくるし、なんとLOTポーランド航空の往復航空券も当たるかもしれない!というわけで、本気で見逃せないイベントになっています!

ポーランドが好きという方はもちろん、ポーランドにまだ馴染みのない方にも来ていただいて、興味を持っていただけたら嬉しいです。

ちなみに、わたしのDJ時間は、10/3の13:00〜と19:30〜の2回です☆

ぜひ遊びにきてくださいね^^



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9.27.2015

【来日情報】Gooral(グーラル)


Witam!

Paulaですこんにちは!

先月紹介記事を書きましたフォークロアxエレクトロな鬼才アーティスト、Gooral(グーラル)10月のあたまに来日します!!!

foto.facebook
ポーランド発!フォークロアとエレクトロを融合し、新たなダンスミュージックを生み出す鬼才アーティスト、グーラルが初来日!

イベント詳細はこちら

↓       ↓      ↓
10月2日(金)Polish night@代官山「山羊に、聞く?」 
ポーランド広報文化センター×代官山「山羊に、聞く?」presents「黄金の秋 Złota jesień」

来る10月2日から10月4日の3日間、ポーランドから輸入された陶器、伝統工芸品、食料品、伝統料理などの販売、 ステージではポーランドにちなんだ楽曲のライブや、景品の当たるクイズが行われる、 和やかな“ポーランド黄金の秋”をお楽しめる「ポーランド祭2015」が六本木ヒルズにて 開催されます!!

イベント初日、同イベント関連イベントとして、様々な風土が産んだカルチャーを紹介、交流の場を創造する代官山「山羊に、聞く?」がPolandの風土が産んだカルチャーにフォーカス!Polandのお酒や食べ物のご提供、ポーランドカルチャーについてのトーク、ポーランド発!フォークロアとエレクトロを融合し、唯一無二のダンスミュージックを生み出す鬼才アーティスト、Gooral(グーラル)のLiveなど、当日は様々なPolandの文化を紹介します!!

open/start 19:00~
venue: 代官山「山羊に、聞く?」東京都 渋谷区代官山町20-20モンシェリー代官山B1F
Entrance Fee: Free!! (ポーランド料理のカクテルビュッフェ付き)
*ご提供料に限りがありますのでお早めに!!


主催 : 風土cafe&bar「山羊に、聞く?」
   ポーランド広報文化センター
後援:駐日ポーランド共和国大使館

イベント問い合わせ・予約 : 03-6809-0584
e-mail : info@yagiii.com

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10月3日(土)&4日(日)ポーランド祭2015@六本木ヒルズ


open/close: 11:00~19:00(10/3は20:00まで)
Entrance Fee: Free

Gooral(グーラル)の出演日時

10/3(土)16:00〜16:30
10/4(日)18:00〜18:30


主催 : 駐日ポーランド共和国大使館
後援:ポーランド政府観光局、ポーランド広報文化センター、在日ポーランド商工会

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10月6日(火)DE DE MOUSE + his drummer × GOORAL (from POLAND)@代官山「晴れたら空に豆まいて」


open: 18:30 / start: 19:00 
venue: 晴れたら空に豆まいて東京都渋谷区代官山町20-20モンシェリー代官山B2
ticket: 3500yen(advanced) / 4000yen + 1Drink(¥600)
ticket info: http://mameromantic.com/?p=38006


DE DE MOUSE プロフィール
織り重なり合う、計算しつくされたメロディと再構築された「歌」としてのカットアップサンプリングボイス。
流麗に進む和音構成と相交わりから聞こえてくるのは煌びやかで影のある誰にも真似出来ない極上のポップソング。
沁み渡るような郊外と夜の世界の美しい響きから感じる不思議な浮遊感と孤独感は、多くのクリエイターにインスピレーションを与えている。
ライブスタイルの振れ幅も広く、ツインドラムで構成されリズムの高揚感を体現するDE DE MOUSE + Drumrollsや、縦横無尽に飛び回るDJスタイル、即興とセッションで繰り広げるDE DE MOUSE + his drumner名義に、映像を喚起させるDE DE MOUSE + Soundandvisions名義など、多種多様のステージングを展開。FUJI ROCK FESTIVALやTAICOCLUB、RISING SUN ROCK FESTIVALにSonarSound Tokyoなど多くのフェスティバルにも出演、イギリスやフランス、ドイツなど海外遠征も盛んに行っている。近年では実験的な試みを体現する主催イベント”not”、 “DE DE MOUSE × 2″や即日完売が恒例となっているプラネタリウムを舞台にした公演を開催し、イベントの演出やその完成度が、各方面から多くの注目を受ける。ファッションやアニメ、ゲームなど他ジャンルからの支持も強く、作品、グッズ、イベントに至る全てのプロデュースを手がけると共にファッションブランド等とのコラボレーションワークも数多く行なっている。


主催 : 風土cafe&bar「山羊に、聞く?」
   ポーランド広報文化センター

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Gooral(グーラル)の紹介記事はこちら


▽プロフィール
ポーランドのビェルスコ・ビャワ市出身のDJ・プロデューサー。 2004年に山岳民族音楽とヒップホップやレゲエ、エレクトロのミクスチャーバンド、 プショ・クルーを結成。2007年にリリースしたアルバム『Szumi Jawor Soundsystem』で、ポーランドのグラミー賞にあたるフレデリック賞にノミネートされた。 プショ・クルーを脱退後、ソロ活動を開始し、これまでに2枚のソロアルバムを発表。国内外で数多くのフェスに出演し、ポーランドを代表する舞踊団マゾフシェと競演するなど、ユニークなサウンドが各方面から人気を集めている。
ドラムンベースやダブステップ、エレクトロに影響を受けたヘビーなサウンドをベースに、ポーランド特有の山岳民族音楽を融合させ、唯一無二のダンスミュージックを生み出すグーラル。フランス、クロアチア、ハンガリーなどヨーロッパ各国でもライブを行い、高い評価を得ている鬼才アーティストが日本に初上陸!

Pod Jaworem(身代わり)



レゲエシンガー、Marika(マリカ)とコラボした最新曲はめっちゃかっこいい曲です♪
A jeśli to Ja(もしわたしなら)Marika(マリカ) feat. Gooral(グーラル)


フォークロアとエレクトロを融合し、唯一無二のダンスミュージックを生み出す鬼才アーティストGooral(グーラル)の初来日はもう来週!!きっと見に来たお客さんをがっつり踊らせてくれるに違いありません!
ポーランド料理を食べられる機会もありますし、ポーランドの魅力をいろんな角度から楽しみつつ、
是非是非ぜひGooral(グーラル)のライブを見にきてくださいね!



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9.25.2015

【インタビュー】Hatti Vatti(ハティ・ヴァティ)


Witam!

 Paulaです、こんにちは!
だいぶ時間が経ってしまいましたが、3月に来日したエレクトロ・ミュージシャン、Hatti Vatti(ハティ・ヴァティ)のインタビューをお届けします。名古屋と東京で、一緒に来日したMisia Furtak(ミシャ・フルタク)とともに素晴らしいライブを見せてくれました。インタビュー内には、その後も超多忙な活動を続けているHatti Vatti(ハティ・ヴァティ)の新譜情報もありますよ♪ Misia Furtak(ミシャ・フルタク)との新たなユニットも!?

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日本は楽しんでる?

とても楽しくて、もっと長くここに残りたいぐらいだよ。例えば僕はヨーロッパ中をよくツアーするけど、ツアーに出ている時は、いつでも家に帰るのが楽しみなものだ。だけど、今回は全然帰りたくないよ。本当に。


どこが一番気に入った?

全部だよ。日本で訪れたどの街はそれぞれ違っている。東京は非常にたくさんのことが起こっていて、ものすごく多くの人が街にいる。すぐ横の横浜はビジネスって感じの街で、京都は美しく、穏やかだった。ここ名古屋は、そのすべての要素を合体させたような雰囲気があるね。どの街も違うけど、どこか似ている部分があるところが面白いよ。でも、僕にとっては東京が一番面白いな。渋谷には心を奪われたよ。



何にインスパイアされて「TOKYO」という曲を書いたの?

映画『ロスト・イン・トランスレーション』が好きで、何回も観ているんだ。俳優の演技や音楽、街の写し方が素晴らしいと思う。サントラを持ってて、たくさん聴いていたよ。おかしなことがあったよ。映画の大部分は渋谷が舞台になっているよね。で、僕らは飛行機から降りてすぐ電車に乗って、そのまま渋谷に着いたんだ。ワルシャワのオケンチャ空港からまっすぐ、あの有名な交差点に!それなのに、僕らはこれがあの交差点だって分かってなかったんだよ。電車の中から見ながら、「あの交差点に随分似てるなぁ」って思って、何でもなかったみたいに通り過ぎちゃったんだ。(笑)最高だったよ、大きなインスピレーションだったね。

僕が録ったのではないけど、「東京」という曲の中には東京の街で録音された音がサンプルされている。この曲の共同プロデューサーであるマンチェスター出身のシンクロも、日本カルチャーの大ファンなんだ。僕が今ここにいるのも、彼が1年前にここでプレイしたおかげでもあるんだ。僕らの音楽でコミュニティーを作っていて、彼がいろいろ手助けしてくれたんだよ。日本という点でいえば、シンクロはKiyokoというサイドプロジェクトも持っているよ。





音楽を始めた頃のことを教えて。

僕はプロのミュージシャンではないんだ。初めての音楽制作は10年前。PCで、霧の中の子供みたいに間違えながら作ったよ。僕の家は音楽を聴く家庭ではなかったし、長いこと楽器ひとつ弾けなかった。25歳になってようやく楽器が弾けるようになったんだ。ギターとキーボードを少しね。とにかく10年前に音楽をやり始めた時は、何もできなかった。

エレクトロ・ミュージックの場合、最初のデモから最初のバイナル・リリースまでかなり長く時間がかかることが多いから、僕はラッキーだったよ。シンクロやそのクルーを知り合ったおかげで、2曲しかレコーディングしてなかったのに、それを2008年に12インチでリリースしたいと言ってくれた。サラ・ブリレフスカとのシングルだったよ。素晴らしいアーティスト、アンディー・ストットにリミックスしてもらった「Great」は最終的にB面に入ったけど、これを録音することになったのも彼らのおかげなんだ。とても光栄だったよ。そのあとはアルバム1枚、2枚と自然につながっていった。これまでに10枚のレコードをリリースしているよ。今も数枚を製作中。レコードを愛してるんだ。


音楽を聴く家庭ではなかったなら、何が音楽へと駆り立てたの?

MTVをたくさん観てたんだ。90年代のMTVは今とまったく違うものだった。ビョークやシニード・オコナー、ケミカル・ブラザーズ、イギリスやドイツのエレクトロものが流れてて、スポンジみたいにそれを吸収したよ。高校ではボーズ・オブ・カナダやエレクトロ系のダブを聞いてた。ティーンエイジャーの頃は、同時にグラマティクもたくさん聴いたよ。アトミック(ポーランドの音楽番組)でよくグラマティクのMVが流れていたのを覚えてる。後になって、ヌーン(グラマティクの元プロデューサー)もエレクトロをやってるって知ったんだ。彼のCDは、僕にとって「ワオ、まさにこんな音を作りたい、この雰囲気が僕には100%合ってる」って思わせてくれたエレクトロのCDの最初の一枚だった。ヌーンは大きなインスピレーションだったのに、10年後の今じゃ一緒にアルバムを作って、ライブをやってるって、とても不思議な気分だよ。


どうやってヌーンと連絡をとったの?

偶然なんだ。グダニスクで僕がとあるパーティーでDJをしている時に知り合った。DJしてる時、なんだかあの男はヌーンに似てるなって思ったんだけど、ちょっとありえないよなって気がした。なぜなら、それは真夜中のグダニスクのビーチにある、とても小さくて雰囲気のあるクラブで知り合いがオーガナイズしているパーティーだったからね。でも後になって、友達がヌーンだって紹介してくれた。そうして仲良くなって、音楽やそれ以外のことでも話せるようになったってわけ。


『HV/NOON』には何かコンセプトがあったの?

ヌーンはもうヒップホップをやりたくなかったんだけど、僕は逆だったんだ。いつもヒップホップを作ってみたかったんだけど、それまではやったことがなかったし、アイデアも持ってなかった。それが鍵になった。レコーディングの時に大事だったのは、アルバムがヒップホップにならないってことだった。アルバムにあるヒップホップ的要素は偶然の産物なんだ。でもアルバムを聴くと、ヒップホップってわけじゃない。十数曲が収録されているうち、ラッパーが参加しているのは半分だけだからね。ラップの曲だって、ビートやトラックはヒップホップ的じゃないんだ。


ミシャと活動するようになったきっかけは?

ミシャはラジオ番組を持っていて、僕を招いてインタビューしてくれたんだ。ちょうどその頃、アルバムに誰か女性ボーカリストに参加してもらおうって話していて、僕はミシャを提案した。彼女はポーランドで一番のボーカリストだと思うから。もちろん他にも素敵なボーカリストはいるよ。プシブィシュ姉妹は素晴らしいと思うし、メラ・コテルクザ・ダンプリングスのユスティナ・シフィェンスたちもいい作品を出しているよね。リトル・ホワイト・ライヤーズというバンドのカシャ・クレンチakaケイティーとも一緒に仕事してて、彼女はHatti Vatti(ハティ・ヴァティ)のプロジェクトをやる時のメイン・ボーカリストなんだけど、HV/NOONの音楽にはたぶん合わなかったんだ。それに、ポーランド語のアルバムを作りたいと強く考えていたんだけど、ケイティーはポーランド語では歌わないんだよね。

ミシャとのインタビューの後、一緒にワインを飲みに行って、アルバムに興味を持って、参加してくれたら嬉しいって話をした。それでミシャとの曲ができて、MVも作ったし、とにかく仲のいい友達になったってわけさ。今二人で、FFRANCIS(エフランシス)っていうユニットを作ったんだ。デビュー作となる2曲入りの7インチ・シングルが、9月の終わりにU Know Meレコーズからリリースされるよ。でも、もう15曲くらいできていて、仕上げをしているところなんだ。





今後の予定は?

ケイティーと以前にレコーディングした EPが、もうまもなくレコードでリリースされる。その後、ミシャとのエレクトロ・ユニット、FFRANCIS(エフランシス)があるね。HV/NOONとしての初のライブがワルシャワのレッドブル・ミュージック・ウィークエンドである他、オプネルやオーディオリヴェル、タウロン・ノヴァ・ムジカなどの音楽フェスにも出演するし、秋にはツアーにも出るよ。また二人で何か作品を出すかもしれないな。

それから、ステファン・ヴェソウォフスキという友達とNANUK(ナヌク)というプロジェクトで、前者とはまったく別の作品を作ってる。ステファンは非常に才能のあるバイオリニストで、ピアノも弾くんだ。彼はMuteというレーベルと契約したりと、受けて当然のキャリアを積んでいるところだよ。僕らは同じ街出身で、友達なんだ。以前にソポト映画祭やグダニスクのニェメィ映画祭に招待されて、映画に合わせて生演奏したんだ。それがきっかけで、一緒にアルバムを作ろうということになった。サイドプロジェクトって感じだよ。もう何度かレコーディングしていて、アルバムは半分できてる。僕がやっているようなエレクトロニカではないけど、むしろ少しだけ坂本龍一&アルヴァ・ノトやベン・フロストの作品に近いかな。ステファンのファンが馴染んでいるようなアコースティックなサウンドでもないよ。


自分の音楽をどう定義してる?ダブから始めて、今はエレクトロやアンビエントをやっていたりと、常に変化しているよね。

本当のところ、ずっと僕にとってはひとつの同じことなんだ。少し違うやり方でやっているだけ。僕にとって、ダブはレゲエ・ダブじゃなくて、音楽の実現手段としてのダブなんだ。つまり、空間やリバーブ、エコー、ミニマリズムが多くあるということ。ダブは多くのジャンルでできる音楽なんだよ。それに僕はなんらかのジャンルを目指したり、示唆したりしているわけではないんだ。自分の音楽を聴くとき、ラッパーやボーカリストが参加していようが、バイオリンが入っていようが、僕にはすべてがひとつのジャンルというか、みなひとつの分母を持っているんだよ。僕はとても多様な音楽を聴くんだ。ハッピーハードコアからA Winged Victory for the Sullen(ア・ウイングド・ヴィクトリー・ フォー・ザ・サルン)までね。僕の音楽ジャンルは広く言ってエレクトロ・ミュージックだな、実際オペラやブルースとは大きく異なるわけだしね。それが僕にとってのジャンルで、アンビエントやドラムンベースやジュークじゃない。そういう細かいジャンル分けは意味がないと思ってる。



いつか一緒に仕事してみたいアーティストっている?

少しいやらしく聞こえるかもしれないけど、一緒に仕事したいと思っていたアーティストとは実際もう仕事しちゃったんだ。僕にとってポーランドで最高のプロデューサーはヌーンだけど、一緒にアルバムを作ったし、素晴らしいボーカリストのミシャとももうレコーディングしているし。ケイティーとはライブで一緒に演奏するのが最高なんだ。彼女はとんでもなくかっこよくて、クレイジーだよ。まだ音楽を始めてない頃、彼女のライブに通って、仮に彼女と一緒にライブできたら最高だろうなぁって思ってたのを覚えてる。それにシンクロ。僕にとってもっとも興味深い海外のプロデューサーである彼とも、一緒にレコーディングした曲があるし、同じレーベルからリリースしてる。とかね。だから、いつか仕事してみたいっていうアーティストは今はちょっといないかな。HV/NOONのアルバムに参加しているアーティストたちも、とんでもないくらい素晴らしいしね。ハデスとも曲作ってるし、ユスティナ・シフィェンスが参加してるリスィというバンドのリミックスもやったな。唯一、一緒に仕事したいと思ってて実現しなかったのはラッパーのソクウだ。彼もHV/NOONに参加してくれるはずだったんだけど、忙しくて実現しなかったんだ。ステファン・ヴェソウォフスキとの共作は僕にとって栄誉だよ。


近年ポーランドでは、エレクトロ・ミュージックが流行っていて、たくさんの若いアーティストが出てきているよね。この傾向についてどう考えてる?

すごくいいと思う。6、7年前のポーランドのエレクトロ・ミュージックはまぁまぁだった。アマチュアのプロダクションが少しあって、そこそこのレベルの音楽をやっている奴らがわずかにいた程度さ。中には、友達のラディカル・グールーみたいに成功したり、セッション・ビューみたいにかっこいい音作ってるアーティストもいたけどね。今じゃ、ポーランドのプロデューサーたちは、イギリスやスウェーデン出身と言われても分からないくらいレベルが高いよ。ポーランド人アーティストたちも少しずつ世界に出て行ってるし、ライブのレベルも非常に高い。レベカやクラヴェス、リスィがいい例だね。U Know MeやTechnosoulといったレーベルの仕事も素晴らしい。僕の趣味ではないけど、フリルティーニもすごく人気だね。本当にこのシーンはいい感じに進化してるよ。新しいアーティストたちは、大体みんな若いんだ。僕は、真剣に音楽をやり始めたのは27歳のときだったけど、最近のニューフェイスはみんな20~22歳とかで、もうかっこいいアルバムをリリースしていたりするんだよ。おかげでちょっと年寄りみたいに感じるよ(笑)。

一方で、僕の世代が音楽を始めた時っていうのは、今とまったく違う時代だったことも事実だ。コンピューターで作業するのを始めた頃、どうやって使ったらいいのか、どうやったら自分が好きなアーティストのサウンドを手に入れたらいいのか分からなかったなぁ。今はYouTubeを探せば「◯◯なサウンドの作り方」のチュートリアルが出てくるんだもの。YouTube以前の時代は、なんでも自分でトライしてみなきゃならなかった。でも、それだって面白かったんだ。それらのトライ&エラーを重ねたおかげで、自分のサウンドというものを手にいれることができた。昔、僕が好きだったプロデューサーたちと同じような音を作ろうとして失敗して、そのままそのサウンドが残った。僕の特徴的なサウンドはそこから生まれたんだよ(笑)。


無人島に3枚CDを持って行くとしたら?

間違いなくボーズ・オブ・カナダのアルバムをどれか持って行くね。たくさんあるけど、どれか選んで持ってく。それからグラマティクの「Światła Miasta(街の明かり)」。このアルバムは何年も聴いているけど、全然退屈しないし、聴くたびに感情を呼び起こしてくれるんだ。最後にグルーパーのアルバムをどれか。グルーパーはクランキーというレーベルからリリースしているアメリカのボーカリストで、とてもユニークだよ。すごくかっこいいからオススメするよ。



ありがとうございました!

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【Wywiad】Hatti Vatti



Witam!

W marcu z Polski przyjechał wszechstronny producent, Hatti Vatti do Japonii razem z wokalistką, Misią Furtak. Zagrali w Nagoyi i w Tokio, i zostawiali wszystkich pod wielkim wrażeniem. Przed koncertem w Nagoyi rozmawiałam z Hatti Vatti w hotelu.  Oto jest wywiad z pół roku temu, razem z nowymi wiadomościami ;)

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Jak się bawisz w Japonii?

Tak bardzo mi się podoba, że chciałbym tu zostać na dłużej. Jest tak, że kiedy jeździsz z muzyką, np. dużo jeździłem po Europie, to fajnie jest wrócić do domu, a tym razem w ogóle nie chcę wracać do, autentycznie…

A gdzie Ci się bardzo podobało?

Wszystko mi się podobało, a każde japońskie miasto jakie widziałem jest inne. W Tokio strasznie dużo się dzieje, jest ogromna ilość ludzi na ulicach, tuż obok jest Yokohama, która była taka chłodno-biznesowa, Kyoto jest piękne i spokojne, a tutaj w Nagoyi jest klimat, który łączy wszystkie te wcześniejsze przymiotniki. To jest ciekawe, że mimo, że każde jest inne, wszsytkie są gdzieś do siebie podobne, ale Tokio jest dla mnie najciekawsze. Shibuya skradła mi serce.



Co Cię inspirowało do napisania piosenki „Tokyo"?

Lubię film „Lost In Translation”, wiele razy go oglądałem. Cenię grę aktorską z tego filmu, muzykę, zdjęcia miasta. Mam płytę z OST, dużo jej kiedyś słuchałem. To ciekawe uczucie, gdyż duża część filmu dzieje się na Shibuyi. A my wsiedliśmy do pociągu prosto z samolotu i wysiedliśmy od razu na Shibuyi! Prosto z Okęcia na te sławne przejście dla pieszych. I nawet nie wiedzieliśmy, że to jest to słynne skrzyżowanie, wysiedliśmy z pociągu i myśleliśmy, że jest ono dość podobne i przeszliśmy tak jakby nigdy nic (śmiech). To było super, to była duża inspiracja. W piosence „Tokyo” są też sample nagrane na ulicach z Tokio, choć to nie ja jestem ich autorem. Piosenkę kończy sampel z głosem Scarlett Johansson. Współproducent tego numeru jest Synkro z Manchesteru, który też jest wielkim fanem kultury japońskiej. To, że ja tutaj jestem, jest dość silnie powiązane z faktem, iż występował tu rok temu. Tworzymy swego rodzaju community i on trochę pomógł to załatwić. A propos Japonii - Synkro ma drugi projekt, który nazywa się Kiyoko.





Możesz trochę opowiedzieć o tym, kiedy i jak zacząłeś robić muzykę?

Nie jestem profesjonalnym muzykiem. Pierwsze produkcje stworzyłem około 10 lat temu na komputerze, błądząc jak dziecko we mgle. W domu nigdy się nie słuchało muzyki i bardzo długo nie umiałem grać na jakimkolwiek instrumencie. Dopiero mając 25 lat, nauczyłem się grać - troszkę na gitarze, trochę na klawiszach, więc 10 lat temu kiedy zaczynałem robić muzykę, nie umiałem nic. Miałem szczęście, bo to często jest tak, że jeśli chodzi o muzykę elektroniczną, to okres od pierwszego dema po pierwsze wydawnictwo na winylu trwa dość długo. A u mnie tak było, że przez to, że poznałem Synkro i całą tą ekipę, pomimo, że miałem nagrane tylko 2 piosenki, to oni nagle oświadczyli, że to chcą to wydać i tak też zrobili w 2008 roku na 12”. Był to singiel z wokalistką Sarą Brylewską. Oni też byli motorem do nagrania singla „Great” który finalnie na stronie B został zremiksowany przez absolutni genialnego Andy Stott’a. To było super przyjemne. A później już poszło naturalnie, była jedna płyta, druga, trzecia, itd. Do dziś wyszło 10 winyli. W produkcji jest kilka kolejnych. Kocham winyle.


A kto Ci tak zainspirowało do muzyki, mimo że w domu się nie słuchało muzyki?

Bardzo dużo oglądałem MTV, a MTV było w latach 90tych zupełnie inne. Leciała Bjork, Sinead O’Connor czy Chemical Brothers, elektroniczne rzeczy z Anglii i z Niemiec, chłonąłem to jak gąbka. W szkole średniej nałogowo słuchałem Boards Of Canada i mocno elektronicznego dubu. Też jako nastolatek, dużo słuchałem Grammatika. Pamiętam, te rzeczy jako klipy w polskiej telewizji Atomic, później okazało, że Noon też robi elektroniczne rzeczy. I to była taka jedna z pierwszych elektronicznych płyt, które dla mnie były „wow”, że chcę dokładnie robić coś takiego, że klimat mi odpowiada w 100%. Jest to dość dziwne uczucie kiedy Noon był tak dużą inspiracją, a 10 lat później nagrywałem z nim płytę i dajemy duże koncerty.


Jak związałeś z nim kontakt?

Przypadkowo. Poznałem go na plaży w Gdańsku, bo grałem imprezę w klubie. Gdy grałem, pomyślałem, że no ten koleś wygląda tak jak Noon, ale wydawało mi się to trochę niemożliwie, bo to było w środku nocy na plaży w Gdańsku, w bardzo małym klubiku, takiej klimatycznej budce, która była prowadzona przez znajomych. Ale później kolega mnie przestawił i to jednak był on. No i tak zaprzyjaźniliśmy się, znaleźliśmy wspólny język w płaszczyźnie muzycznej i nie tylko.


Mieliście jakąś koncepcję kiedy robiliście tą płytę „HV/NOON”?

Trochę jest tak, że Mikołaj już nie chce mieć nic wspólnego z hip-hopem, a ja wręcz odwrotnie - nigdy nie robiłem hiphopowych rzeczy, a zawsze chciałem, niestety nie miałem na to pomysłu. To był taki wytrych. Nagraliśmy płytę, ale ważne jest to, że ona nie miała być z zamierzenia hiphopowa. Jej pewne stricte hiphopowe elementy wyszły dość przypadkowo. Ale jak się posłucha tej płyty, to ona nie jest hiphopowa, bo ona ma kilkanaście numerów i tylko w połowie utworów są raperzy. A nawet jak jest rap, to bity i muzyka nie jest stricte hiphopowa.


Jak doszliście do współpracy z Misią?

Z Misią to było tak, że Misia prowadzi audycję radiową i oni mnie zaprosili na wywiad w Warszawie, jeszcze wtedy mieszkałem w Gdańsku. Wtedy w samym czasie myśleliśmy o tym, żeby zaprosić jakąś kobietę na tą płytę, no i ja wymyśliłem Misię, bo uważam, że ona jest najlepsza wokalistka w Polsce. Oczywiście są fajne wokalistki - cenię siostry Przybysz albo ciekawa wydaje mi się Mela Koteluk czy Justyna Święs, współpracuję też z Kasią Kręc z zespołu Little White Lies i w projekcie Hatti Vatti, to ona jest oficjalnym i głównym głosem tego bytu, ale to chyba nie do końca pasowało do muzyki HV/NOON. Poza tym bardzo chcieliśmy, żeby to było po polsku, cała płyta, a Katee raczej po polsku nie śpiewa. Jak Misia mnie zaprosiła na audycję, to było wywiad, a później sobie poszliśmy na wino i pogadaliśmy i powiedziałem, że byłoby fajnie jakby wstąpiła na płycie, że była zainteresowana. No i tak się stało, zrobiliśmy piosenkę, klip i po prostu sie zaprzyjaźniliśmy. No i teraz mamy nowy projekt - FFRANCIS. Debiutancka 7” z dwoma numerami wyjdzie pod koniec września nakładem U Know Me Records, ale mamy już gotowe około 15 kompozycji. Ciągle szlifujemy ten materiał.





Jakie masz plany na przyszłości?

Z Katee nagraliśmy kiedyś EP, która też wyjdzie na winylu dosłownie za chwilkę. Później robimy kolejny projekt, ja i Misia jako „zespół elektroniczny” - FFRANCIS. Gramy koncerty HV/NOON, pierwszy to Red Bull Music Weekend w Warszawie, ale także Open’er, Audioriver, Tauron Nowa Muzyka i jesienna trasa klubowa. Może jeszcze coś wydamy wspólnie. Jeszcze robię taką zupełnie inną płytę z kolegą, Stefanem Wesołowskim jako projekt NANUK. On jest bardzo utalentowanym skrzypkiem, gra też na fortepianie. Stefan aktualnie tobi teraz dużą i zasłużoną karierę, bo np. podpisał kontrakt z Mute. Jesteśmy z tego samego miasta i się kumplujemy. Kiedyś byliśmy zaproszeni na Sopot Film Festiwal oraz na Festiwal Filmu Niemego w Gdańsku, żeby zagrać na żywo muzykę do filmu. Po czym stwierdziliśmy, że zrobimy z tego płytę, taki side-project. Zagraliśmy to parę razy, mamy nagraną tę płytę w połowie. Nie jest to kojarzona z moim projektem elektronika, ale raczej czasem troszeczkę przypomina dokonania Ryuichi Sakamoto & Alva Noto czy Bena Frosta. Nie jest to też typowo akustyczny materiał jaki znają fani Stefana z jego płyt.


Jak uważasz swoją muzykę? Zacząłeś od dub, i robisz elektro, ambient i tak cały czas zmieniasz style.

Dla mnie to jest ciągle jedno i to samo, tak naprawdę. Tylko inaczej trochę robione. Dla mnie dub to nie jest taki reggae-dub, tylko dub jako rodzaj realizacji muzyki, język. Czyli dużo przestrzeni, pogłosów, echo, minimalizm - dub można w wielu gatunkach. Zresztą ja nie zwarzam na nazwy i nei sugeruję się gatunkami i szufladkami. Jak słucham swoich nagrań i czy jest to raper czy wokalistka albo skrzypce, mi to wszystko się składa jednej kupy, ma to wszystko jeden mianownik. Słucham bardzo różnej muzyki, od happy-hardcore do A Winged Victory For The Sullen. Dla mnie gatunek muzyczny to szeroko pojęta „muzyka elektroniczna” - no bo jednak różni się mocno od opery czy bluesa. To jest gatunek, a nie, ambient, drum’n’bass, juke. To jest bez znaczenia.



Czy jest jakiś artysta, z którym chciałbyś pracować w przyszłości?

Powiem Ci tak, trochę może brzydko, ale współpracowałem praktycznie ze wszystkimi, z którymi zawsze chciałem pracować. W Polsce dla mnie najlepszym producentem jest Noon, i nagraliśmy płytę, bardzo cenie Misię - i z nią też teraz nagrywam. Z Katee uwielbiam grać na żywo. Ona jest taka mega żywiołowa, szalona. Pamiętam, że chodziłem na jej imprezy kiedy jeszcze nie robiłem muzyki, to już myślałem, że fajnie by było z nią kiedyś, czysto hipotetycznie wstępować razem. Albo Synkro, który jest dla mnie takim najciekawszym producentem zagranicznym i też mamy wspólną piosenkę i wydajemy w wspólnych wytwórniach itd., więc właśnie już tak trochę nie mam. Jest niesamowita lista gości wokalnych na płycie HV/NOON. Robimy coś z Hadesem, nagrałem też remix dla zespołu Rysy z Justyną Święs. Jedyną osobą, z którą bardzo chciałbym zrobić coś kiedyś, ale się nie udało, jest Sokół. On miał być na płycie HV/NOON, ale nie miał czasu i się nie udało. Współpraca ze Stefanem Wesołowskim to dla mnie zaszczyt.


Ostatnio w Polsce jest taka fala na muzykę elektroniczną i dużo wychodzi młodych artystów. Jak uważasz na taki trend?

Mi się bardzo podoba, bo jeszcze 6,7 lat temu, jeśli chodzi o muzykę elektroniczną w Polsce, to było średnio. Było troszeczkę amatorskich produkcji i było tylko parę osób, które coś takiego robiło na poziomie, albo robiło karierę, tak, jak mój kolega, Radikal Guru czy zawsze świetne brzmienie miał Session View. A teraz jest tak, polscy producenci są już na takim poziomie, że nie wiadomo czy jest z Polski, czy ze Szwecji, czy z Anglii. To też jest tak, że powoli Polacy zaczynają jeździć po świecie i polskie zespoły grają live na najwyższym poziomie, jak np. Rysy, Klaves czy Rebeka. Cenię to, co robi U Know Me i Technosoul. Bardzo popularne jest Flirtini - choć to trochę nie moja para kaloszy. Naprawdę fajne jest to jak zmieniła się scena. Widać też, że są to często młodzi ludzie. Ja zacząłem robić muzykę tak na poważnie mając 27 lat, a często ten nowy narybek ma 20-22 lata i ma już jakieś fajne płyty na swoim koncie. Przez to, trochę czuję stary (śmiech). Ale trzeba też przyznać, że moment w którym moje pokolenie zaczynało produkować to były zupełnie inne czasy. Pamiętam jak się zaczynało coś robić na komputerze, to nie wiedziałem jak coś obsługiwać, jak „uzyskać” brzmienie swojego ulubionego artysty. A teraz jest tak, że wpisujesz do YouTube i jest tutorial „How To Make THIS Sound”. W czasach przed youtube’owych trzeba było wszystkiego spróbować samemu. Ale przez to też to było trochę ciekawe. Przez te metody prób i błędów, można było osiągnąć własny sound. Mam swoje charakterystyczne brzmienia, a wynikają one z tego, że próbowałem kiedyś robić coś tak jak inni producenci którzy mi się podobalo, ale mi nie wychodziło i zostało takie jakie było (śmiech).


Jakie 3 płyty zabrałbyś na bezludną wyspę?

Na pewno jakąś płytę Boards Of Canada, jest ich dużo, ale którąś na pewno bym zabrał. Myślę, że mógłbym zabrać Grammatik „Światła Miasta”, bo znam tą płytę tyle lat i ona mi się w ogóle nie znudziła, ona za każdym razem wzbudza mi takie emocje. I jakiś płytę Grouper. To bardzo ciekawa wokalista z USA, która wydaje na wytwórni Kranky. To jest super rzecz, polecam.



Dziękuję bardzo za rozmowę!

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